会社の異動祝いでもらった胡蝶蘭が、ある日とうとう咲き終わりました。
葉っぱだけになった鉢を前にして、ふと思ったわけです。
「これ、捨てるしかないのか? というか、増やせたりしないのか?」と。
申し遅れました。
平日は機械設計の図面とにらめっこしている、しがない中年サラリーマンです。
このブログでは、自分を「おっさん」と呼んでいます。
園芸のプロでもなんでもなく、人生後半に差しかかって何かに本気でハマりたくなった、よくいる中年趣味人のひとりです。
胡蝶蘭を「増やす」と聞くと、なんだか上級者の道楽みたいに感じませんか。
私も最初はそう思っていました。
でも調べてみると、家庭でも現実的に狙える方法がちゃんとある。
それが「高芽(ケイキ)」の育成です。
この記事は、理屈っぽいおっさんが胡蝶蘭の増やし方を一から調べ、道具をそろえ、実際に手を動かした記録です。
成功談だけじゃなく、やらかした失敗もそのまま書きます。
同じように「もらった胡蝶蘭、なんとか活かせないかな」と思っている同世代の方の役に立てば本望です。
目次
そもそも胡蝶蘭は「株分け」で増やせるのか問題
まず最初にぶつかったのが、この素朴な疑問でした。
シンビジウムやデンドロビウムは株分けで増えると聞く。
じゃあ胡蝶蘭も同じノリでいけるんじゃないの、と。
結論から言うと、そう簡単ではありませんでした。
単茎性という、構造上のっぴきならない事情
胡蝶蘭は「単茎性(たんけいせい)」というタイプの植物です。
英語だとモノポディアル。
ひとつの茎が上へ上へと伸びていく構造で、株元から脇芽がボコボコ出るタイプではありません。
ここが理屈っぽいおっさんとしては引っかかったポイントでした。
シンビジウムのように地際で株が増えていく「複茎性(ふくけいせい)」なら、根茎を切って分ければいい。
ところが胡蝶蘭は、そもそも分けるべき「脇の株」が出てこない。
構造上、ナイフでスパッと割って増やす、という芸当がやりにくいんです。
設計の世界でも、そもそもの構造が分割を想定していない部品を無理やり割ろうとすると、ろくなことになりません。
胡蝶蘭の株分けも、まさにそれです。
家庭で現実的に狙えるのは「高芽(ケイキ)」育成
では中年の素人に打つ手はないのか。
あります。
それが高芽(たかめ)、別名ケイキの育成です。
ケイキはハワイの言葉で「赤ちゃん」という意味だそうです。
花が終わったあとの花茎の節から、花ではなく葉と根を持った小さな子株が出てくることがある。
これを育てて、親株から切り離して独立させる。
これが、家庭でいちばん成功率の高い増やし方になります。
胡蝶蘭を扱う宮川洋蘭でも、増やし方として「まずは高芽育成から始めて失敗を減らすこと」を勧めています。
いきなり難しい技に挑むより、まず高芽。
このあたりは素人ほど素直に従っておくべきだと思いました。
プロのメリクロンは、正直べつ世界の話
ちなみに、市場に出回っている胡蝶蘭の多くは「メリクロン」という組織培養で大量に増やされています。
無菌の培養室で、細胞レベルからクローンを育てる技術。
スペック好きとしては心惹かれますが、これは完全にプロの設備の世界です。
キッチンの片隅でできる話ではありません。
なので、おっさんが台所と窓辺で挑むのは、あくまで高芽育成。
ここに的を絞ることにしました。
高芽(ケイキ)とは何者か、花芽・新根との見分け方
道具をそろえる前に、まず敵を知らねばなりません。
というか、自分の鉢から出てきたコレが本当に高芽なのか、そこを見極められないと話が始まらない。
花が終わった花茎の節から出てくる子株
高芽は、花が咲き終わったあとの花茎(花が付いていた茎)の「節」から出てきます。
本来そこからは新しい花芽が伸びることが多いのですが、条件によっては花ではなく、葉と根を備えた子株が出る。
これが高芽です。
つまり高芽は、親株のコピーがそのまま小さく生えてきたようなもの。
これを大きく育てれば、もう一鉢の胡蝶蘭になります。
花芽・新根、紛らわしい三兄弟の見分け方
ここがいちばん混乱するところでした。
節や株元から出てくるニョキッとしたものには、おもに3種類あります。
- 花芽(はなめ):これから花を咲かせる芽。先がやや尖って手のひら状に分かれ、上に向かって伸びる
- 新根(しんこん):根。先端が丸く、ツヤがあり、下や横に向かってランダムに伸びる
- 高芽(ケイキ):葉と根の両方を備えた子株。葉が展開してくるので、慣れれば見分けやすい
最初のうちは、花芽と新根の区別すらつきませんでした。
おっさんの老眼も相まって、「これ根じゃね? いや芽か?」と鉢の前で五分くらい唸っていたものです。
このあたりの見分け方は、胡蝶蘭専門店の解説がとにかく分かりやすい。
花芽の出る時期や、根との具体的な見分けポイントについては胡蝶蘭の花芽とは?新しい芽を出す方法・条件や新根との見分け方(Flower Smith Gift)が写真付きで整理してくれていて、私も鉢を横に置きながら何度も見比べました。
餅は餅屋、花芽は専門店です。
我が家の鉢で「これ高芽じゃね?」となった瞬間
うちの胡蝶蘭の場合、咲き終わった花茎を切らずに残しておいたところ、夏前に節のひとつがぷっくり膨らんできました。
最初は花芽だと思って期待していたんです。
ところが伸びてきたのは尖った花芽ではなく、明らかに小さな葉っぱ。
しかもその根元から、白くて丸い根まで出てきた。
これは高芽だ、と。
正直、ガッツポーズが出ました。
中年が窓辺でひとりガッツポーズしている図は、われながらなかなか間抜けでしたが。
おっさん、道具をそろえる(形から入る)
さて、高芽を確認したら次は道具です。
カッコつけじゃなくて、これは本当に必要なものだけ。
とはいえ、形から入るのがおっさんの悪い癖でして、つい余計なものまで買いました。
最低限そろえたい道具リスト
実際に高芽の切り離しと鉢上げで使ったものを並べておきます。
| 道具 | 用途 | おっさん的ひとこと |
|---|---|---|
| 水苔(ミズゴケ) | 根を包んで植える | ニュージーランド産の長繊維がやはり扱いやすい |
| 素焼き鉢またはプラ鉢(2〜2.5号) | 高芽の鉢上げ | 高芽は小さいので、必ず小さめの鉢を |
| よく切れる清潔なハサミ・カッター | 花茎の切り離し | 刃はライターで炙るか消毒する |
| ピンセット | 節の薄皮むき・水苔の調整 | 細かい作業に地味に効く |
| 霧吹き | 湿度の管理 | 安物で十分 |
道具自体は、ホームセンターと園芸店でだいたいそろいます。
合計でも数千円。
ゴルフのドライバー一本に比べたら、罪のない散財です。
ケイキペースト(サイトカイニン)という飛び道具
ここからが理屈っぽいおっさんのテンションが上がった話です。
高芽は「出るのを待つ」だけでなく、人為的に「出させる」方法もあります。
それがケイキペースト、いわゆるサイトカイニン剤です。
サイトカイニンは植物ホルモンの一種で、細胞分裂を促し、芽の形成を後押しします。
花が終わった健康な花茎を選び、節の薄皮をピンセットでそっと剥いて、このペーストを塗る。
すると、その節から花芽ではなく高芽が誘発されやすくなる、という仕組みです。
塗ったあとは、25度以上の明るい日陰で、霧吹きで湿度をキープ。
うまくいけば2〜3ヶ月で、根の付いた高芽が育ってくるとされています。
植物ホルモンで芽の出方をコントロールする、というのが、機械いじりの感覚と妙に通じるものがあって面白い。
ただし万能ではありません。
株が弱っていれば反応しないし、塗ったから必ず出るというものでもない。
あくまで確率を上げる飛び道具、くらいの理解が無難です。
スペック語り:水苔と鉢のサイズ選び
道具の話になると止まらなくなるのがおっさんの性なので、少しだけ語らせてください。
高芽の鉢上げで地味に大事なのが、鉢のサイズです。
大きすぎる鉢に小さな高芽を植えると、用土がいつまでも乾かず、根が蒸れて腐ります。
胡蝶蘭の根は乾湿のメリハリで育つので、ここは「根の大きさにギリギリ合う小さめの鉢」が鉄則。
水苔は吸水させてから固く絞り、根を優しく包む程度に巻く。
ぎゅうぎゅうに詰めず、空気の通り道を残してやるのがコツでした。
実践・高芽を切り離して鉢上げするまで
いよいよ本番です。
ここからは、実際に手を動かした手順をそのまま書きます。
切り離しのタイミングは「根が5cm以上」
焦りは禁物でした。
高芽を切り離す目安は、子株から出ている根が5cm以上に伸びていること。
根が短いうちに切り離すと、独立して水を吸う力が足りず、そのまま弱ってしまいます。
私は最初これを知らず、根が2cmくらいの段階で切りたくてうずうずしていました。
ぐっとこらえて待ったのが、結果的に正解だったと思います。
切り離しから鉢上げまでの手順
実際の流れはこんな具合です。
- 高芽の根が5cm以上に育っているのを確認する
- 高芽の付いた花茎を、高芽の上下に5cmほど茎を残してカットする
- 吸水させて固く絞った水苔を、高芽の根に優しく巻きつける
- 根の大きさに合った小さめの鉢に、ふんわりと植え込む
- 直射日光を避けた明るい日陰に置く
茎を5cmほど残して切るのは、いきなり付け根からバッサリやると高芽を傷めるからです。
このへんは、図面で余肉(よにく)を残しておく感覚に近い。
ギリギリを攻めすぎないほうが、あとで泣かずに済みます。
鉢上げ後の養生は「水やりを我慢する」
植え替え直後、いちばんやりがちな失敗が、心配のあまり水をやりすぎることです。
親株も子株も、根が新しい水苔に慣れるまで1週間から10日ほどかかります。
この間の水やりは、ぐっと控える。
可愛さのあまり世話を焼きたくなるんですが、ここは我慢のしどころ。
子育てと同じで、手を出しすぎないことがいちばん難しい。
おっさんの失敗談と、それでも続ける理由
きれいごとばかり書いても仕方ないので、しくじった話もちゃんと残します。
むしろ、ここが本題かもしれません。
やらかした話:焦って早く切った株を枯らした
白状すると、最初の高芽は枯らしました。
理由は単純で、根が短いうちに我慢できず切り離してしまったから。
独立した子株は水を吸い上げる力が足りず、じわじわ萎れて、ひと月ほどで力尽きました。
机上では「根は5cm以上」と分かっていたのに、現物を前にすると待てなくなる。
設計レビューを飛ばして見切り発車したときと、まったく同じ失敗の構造でした。
反省。
適期と温度をナメてはいけない
もうひとつの教訓が、時期と温度です。
高芽の切り離しや植え替えは、胡蝶蘭が成長を始める春、4月から6月あたりが適期。
気温が18度以上ある日を狙うのが基本です。
私は一度、秋口の涼しくなった時期に作業して、株の動きが鈍くて新しい根がなかなか伸びず、ヒヤヒヤしました。
胡蝶蘭はもともと暖かい地域の植物。
寒い時期に無理をさせると、てきめんに機嫌をそこねます。
人生後半と、ゆっくり育てるということ
ここまで理屈っぽく書いてきましたが、最後に少しだけ、おっさんの本音を。
高芽が一人前の胡蝶蘭になって花を咲かせるまでには、早くても2〜3年かかると言われています。
正直、気の長い話です。
若い頃の自分なら、こんな悠長な趣味に見向きもしなかったと思います。
でも今は、この「すぐに結果が出ない感じ」が、むしろ心地いい。
毎朝、葉の艶を確かめて、新しい根が1mm伸びたと喜ぶ。
仕事の納期や数字に追われる日々の中で、自分のペースで何かを育てる時間が、妙に効くんです。
胡蝶蘭の高芽育成は、たぶん効率だけ考えたら割に合いません。
それでも続けているのは、たぶん花を増やしたいんじゃなくて、ゆっくり何かと向き合う時間そのものが欲しかったから。
同じおっさん仲間なら、この感覚、少しは分かってもらえるんじゃないでしょうか。
まとめ
胡蝶蘭は単茎性という構造上、シンビジウムのような気軽な株分けには向きません。
家庭で現実的に増やすなら、花茎の節から出る高芽(ケイキ)を育てて切り離す方法が王道です。
ポイントを振り返ります。
- 株分けより「高芽育成」が家庭向き。プロのメリクロンは別世界
- 花芽・新根・高芽を見分けられるようになるのが第一歩
- 切り離しは根が5cm以上に育ってから。焦りは禁物
- 適期は春(4〜6月)、気温18度以上。寒い時期は避ける
- 鉢上げ後1週間〜10日は水やりを控えて養生する
最初の一鉢を枯らしても、落ち込む必要はありません。
私もしっかり枯らしました。
失敗の数だけ、次の高芽との向き合い方が分かってきます。
もしあなたの手元に、咲き終わった胡蝶蘭が一鉢あるなら。
捨てる前に、花茎を少し残して様子を見てみてください。
ある朝、節からぷっくりした命が顔を出すかもしれません。
そのときのガッツポーズは、保証します。
